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瀬戸内 開 blog 〜面白き事もなき世を面白く〜

小説家 瀬戸内開のブログ。「新米オジン・クラーク救急医療現場を行く」 文芸社より刊行。2016年4月、紀伊国屋・三省堂書店にて発売。

遥か彼方の県体・柔道決勝戦「開」の神業を校長が講話!

 先月・平成28年10月22日(土)、故郷山口県徳山で50数年ぶりの高校同級同窓会・最終会合に招請があった。

 最後の会合だとのことで最初で最後の催しに意を決して参加することとしたが、流石50数年ぶりだ!殆どの仲間の顔が思い出せなかった。

 だがそんななか記憶にない二人のおばさんから手招きがあった、その席に伺い旧姓を教えられて「あっと!」瞬時に50数年前のその女子に思い当たった。「小谷洋子と云う女生徒」、当時はすらっとした背の高い弓道部の袴姿が眩しい娘であったことを思い出したからだ。彼女に出会ったのは幼馴染の悪ガキ仲間【アチャコ】が、弓道部に入部したとのことで道場を訪ねた折りに「おっぉっ!」と見染めたのがキッカケで、その後何度か弓道を習う振りをして顔を見に行った記憶がある。

 だが私の記憶は兎も角、当時私は身長153cmのチンコロで「豆炭・チビ」とかあだ名されて女生徒が振り返るような存在ではなく、そんな子がよく私を覚えていたものだと驚いたが、話の内容を聞いてようやく得心が得られた。

 事は確か、昭和35年秋の山口市で開かれた秋期県体育大会柔道決勝戦の私の試合を当時の松原学校長が見学しており、その試合の模様を後日校長が全校生徒に披歴、「人は体の大小ではない、頭脳を如何に生かすか働かすかで人・人の能力が大きく成長する或いは変わって行きます」と、県体会での私の戦い方そして勝利に至った展開の始終を壇上で説明し、日頃の勉学・部活での鍛錬は当たり前のことですが、そこに頭脳の働きを加えて勉学・部活に励むことが肝要ですと生徒たちに教えたのだそうです。

 この試合に我が校の弓道部他大勢が応援に来ていたのは知っていましたが、「当の小谷洋子さん」がその場に居たかどうかまでは知りませんでしたが彼女の思い出話の語りからは、間違いなく彼女は眼前で私の試合経過を見つめていたような口ぶりでした。

 このときの私の試合の相手は当時山口県でランキングトツプ5といった実力選手で3年生キャプテン二段、こちらは2年生で初段その場の誰もが私が一瞬のうちに投げ飛ばされるであろうと決めつけていたような雰囲気でした、勿論私も相手は相当の実力者で上級生だしこれは勝てる相手ではないなと覚悟のうえで対戦に臨みました。ただ対戦相手の得意技が「内股技一筋」だと心得ていましたから「さぁどのみち内股狙いだろう・どこで仕掛けてくるかだが簡単には負けないぞ!よし何時でも来い」との覚悟で相手の出方を見・伺いながらあわよくば得意の背負い投げで逆襲をと組んだところ、いきなり内股技が襲ってきた、相手の瞬時の内股技に何が何だか解らぬうちに体が勝手に反応して内また透かしで相手が勝手にでんぐり返ったところへ「えぃ!」と力の入った気合を吐き出していた。

 審判が「一本!」と張り上げた声が耳に響いて一瞬、えっえぇっ、何が起ったの!と自分でもその場の光景をを疑いました、何であんな技が瞬時に出てきたんだろうと自身でも不思議な感覚でした。確かにこの試合での一瞬の神業めいた光景は見ていた誰もが度肝を抜かれたかもしれません、当の本人がびっくり仰天の「頭脳・反射技的結果」の出来事でしたから。この試合の光景を松原校長が・「小谷洋子」さんが目の当たりにして語り広めて下さったようであった、有り難い事柄感激です。

 「彼女・小谷洋子」さんは私を手招きすると私を座らせもせず、胸につかえていたものを吐き出すような・ダムが堰を切ったような勢いで一気に松原校長の講話から自身の思い出話・結婚した旦那さんにまでも話したetcと熱く語りまくってくれました。聞いていた私も過ぎ去った50数年があっという間に消え、まるで昨日のことのように記憶が蘇って体の火照りが暫く治まりませんでした。

 私は中学3年時の春に徳山市全域の柔道大会で個人優勝をしたが、その試合の現場での対戦相手の流れを私は事前に読み取り、2回戦はNだろう・3回戦はSだろうな4回戦準決勝はHかTか、まぁどちらが勝ち抜いてきても勝てるだろうと下読みができていた、そして決勝戦だがこれは我が住吉中の大将Sか岐陽中の主将Tかだが多分技量面で岐陽中のTが勝ち上がりだろうと算段していたところ、予想道理にTが対戦相手として浮上してきた。

 私はこの頃どう云う訳か試合場の様々な選手達を見ているだけでこの選手には勝てる・あの選手にもと対戦前から勝ち勝負が見えていた。そこは自身でも不思議であった、直接対決しないうちから勝ちが見えていた。

 此のころの中学生活の一日は「授業ー部活(柔道)ー帰宅・夕食ー警察道場(柔道)-帰宅・学業(復習・予習)」の繰り返しであったが、警察道場での有段者との日々の練習・戦いが相当な実力を私に育んでくれたのではないかと想像された。

 また日常生活の中で「父からは人間は頭を使え・生きてるうちに脳を生かせ、更に見取り稽古・じっくりと見取り稽古で道・道を極めよ!」と、また「母からは予習・復習」をと日々口癖が飛んできたが、この【父・母の口癖】が柔道・学業にも相当以上のパワーを付与してくれたものと感謝している。

 そんな中学生活の中で柔道については、前段の徳山市中学柔道個人選手権においては当然ながら「決勝戦の相手Tにも負ける気はせず頭脳内の試合運びで描いた通リに相手を背負い投げで一本勝ちし優勝を果たした」。

 翌日の新聞には写真付きで報道されてちょっとばかり有頂天になった記憶がある。

 この柔道の活躍の流れが徳山高校に進学してからも更に強化・充実してゆき、「彼の小谷洋子さん」からの50数年ぶりのお出でおいで談話となった次第かなって、とても嬉しい徳山高校14期同窓会の一場面を感謝・感激で綴らせて頂いています。「小谷洋子」さん有難う!

 殊にこの度は幹事・池田信子様、石田公希殿には格別なるご高配を賜りました、またご同輩の皆々様に心から御礼を申し上げます。感謝・感謝 です。