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瀬戸内 開 blog 〜面白き事もなき世を面白く〜

小説家 瀬戸内開のブログ。「新米オジン・クラーク救急医療現場を行く」 文芸社より刊行。2016年4月、紀伊国屋・三省堂書店にて発売。

米長邦夫と云う将棋指しがいた、中央大学の同級同クラス生である!

 【 米 長 邦 夫 】将棋界ではかって一世を風靡した男であったらしい!が、私は目指していた世界というかジャンルが違っていたので彼のニュースなどに出くわし、「おっ活躍しているな!」と言った程度の関心しか持たなかった。

 余計なことを書き足せば彼は無類の競馬好きでもあったらしいが、競馬は私も40年来の付き合いで過去どの位負け続けてきたか思い出したくもないほどである。

 旧田中角栄派の竹下 登 元総理にも可愛がられたらしく、その後、派閥は違ったが清話会(旧福田派)の石原慎太郎都知事から都の教育委員にも指名されたが、病に倒れまだ若くしてこの世を去った。

 この記事を書くきっかけとなったのは、故郷山口の徳山高校同僚柔道部員であった「野村賢史」君が、或る酒席の場で「米長先生・米長師匠」と言った一言であった。

 大学2年の1学期中頃のことであったと記憶しているが、授業を待つ教室でいきなり「瀬戸内、ちょっと相談がある!」と、それまで一度も話したことなどもない「米長」から話しかけられた。同じクラスで1年間講義を受けてきたからお互いに顔だけは見知っていた。

 えっ、何だい俺なんかに?と不審に思ったが、何時だか大学の将棋部に同郷の同級生「角 健太郎」君を訪ねたことがあった。ひょっとしたらその将棋部で「米長」が同クラスの俺を見たのかもしれないからかなと思ったりもした。

 彼がその場で切り出した言葉は「俺は一浪して大学に来たが、将棋が好きで実は今プロの弐段だがこのまま大学に居たほうがいいのか、いっそ大学を辞めてプロを目指したほうがいいのかを迷っている」と言ってきた。

 「おいおい、米長!なんで俺なんかにそんなこと聞くんだよ?俺は空手部に入ってクビにはなったけどもともと武闘派で将棋界の話なんかはチンプン・カンプンだぜ、なんで俺なんだよ・・・」と問い返すと「米長」は「お前を見ていたらちょっと他の学生とは違う気がした、だから頼む話を聞いてくれ!」と言い返され、そうか!お前がそうまで言うのなら役には立たないとは思うがと断り、じゃ俺の見解を話すよと自身の信条を「米長」に話した。

 俺の信条はこうだ「米長、お前は今プロの弐段だといった、そして将棋界を目指したいという考えを持っているともいった、【もし米長!その考えがお前自身の本心ならば】大学なんて道草・遠周りもいいところだ!直ぐにでも辞めてしまえ!」と自分の考え、生き方を言いきった。

 彼は夏休みが終わって二学期から顔を見せなくなったが、彼がその後どのような判断・結論を出したのかは私は知らない。

 その後遥か時の経過の後、彼は幾つかのタイトルを取り将棋界の著名人とはなったが俺との音信は不通であった。

瀬戸内 開