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瀬戸内 開 blog 〜面白き事もなき世を面白く〜

小説家 瀬戸内開のブログ。「新米オジン・クラーク救急医療現場を行く」 文芸社より刊行。2016年4月、紀伊国屋・三省堂書店にて発売。

何処かのテレビで 「天皇の料理番」 という物語を放映している!が、私には料理番がいない・・・

 標題のテレビ番組、題名以上に面白い!

 時代は明治・大正年間の物語のようだ!この時代、我が国は日清・日露の戦争で大国に戦勝し、当時、世界秩序を構築してきた列強の仲間入りをこれ等の勝ち戦でようやく果たしたかに思えたが、列強各国は全て白人社会国家であり白人国家以外の人種・国家を劣等人種・国家と軽視・蔑んでいた。

 イギリス・ドイツ・オランダ・アメリカ・スペイン・ロシア・イタリア・ポルトガル等々が、コロンブスの新大陸発見以後アフリカ・アジア・南北アメリカ大陸を植民地化争奪戦のエリアとして無秩序に略奪・自国化してきた。

 「天皇の料理番」物語は今放映中の時代・時期の主人公がフランスで人種差別に痛めつけられながら【本物の料理】を追求していく経過・過程がなかなか面白かった。だが、続き物語を1,2週見損ない、6月21日の物語放映を見たら主人公は既に帰国しており、早や宮中での料理人となっていた。

 まだこの続きも面白そうだが、表題の通りここで読者の皆さんにお伝えしたいことは

 

      「私には料理番がいない!」といったテーマである。

 

 長年連れ添ってきた妻は何だかんだとブツクサ文句を言いながらも40数年間私の面倒を良く見てきてくれた。二人の男児の子育て・家事・家計の切り盛り等々並大抵の苦労・心痛ではなかっただろうと思われたが、当時年に200日以上出張々々の男の私には不明の家内事情であった!。

 ただ、妻には下町の両国近くに実家があり、実母・実姉が事ある毎に子育て・心痛・金銭面などの支援を陰ながらしてくれていたようで、妻は「実家」殊に「実母・実姉」には「返しても返し難い程の恩」を非常に重く心の奥底に留め、肝に命じていたようである。

 時はその頃から30有余年を過ぎ、実母・実父は逝き・実姉は嫁ぎ、実家は実兄が写真館を継いでの現在である。

 だが、30有余年という時の経過はやはりそれなりの変転・変化があるものである。

世話になった実家、もう父母はいないが写真館後継ぎの実兄は昨年11月に「連れ」を無くし、実姉は「連れ」が軽度の「認知症」・当人もストレス多寡・病弱の身で【作今では我が妻が昨日は東・今日は西】と「兄・姉の助けて要請」に東奔西走の毎日である。勿論、私からの「義兄・義姉」の要請に可能ならば「手伝ってあげなさい!」との後押しにも因るものではあったが・・・。

 「義兄は両国・石原町で写真館経営」・「義姉は国分寺市内で専業主婦」だ、東奔西走も楽な行き来ではない。その上、妻が帰宅となれば近隣に居る次男が必ず洗濯物持参で食事にやってくるといった始末だ。

    そんなこんなの事情で 「私には料理番がいない」である!

 

 ところで此処で「妻が私に対して持っている思い込み・認識」めいたものを披露すると「あの人は若し私が不在とか、なんらかの事情で帰れなくなっても“自分で何とかやってくれる”人だ!」といった安易な考え持っているようだ。

 従って、結果論だが「あの人即ち夫の私」の面倒見順位は、同率1位が義姉・義兄、3位が次男と位置付いていて、どうやら第4位の末位に据え置かれているのが私らしい次第である。まあそんな事情で「私には料理番はいらない」って訳ですかね!

 苦労していた時期・その昔手助けしてくれていた「実家(現義兄・義姉)」が窮地の事態だ、独り元気な末娘の妻が頼りにされるのは当然の流れ致し方ない事かも!

 

 ただ「つまらないことを言えば!」今、実家の写真館を継ぐ義兄及びそのお連れさんだった夫婦は、私達夫婦には“偉そうに且つ横柄・上から目線でいっちょう前にモノを言ってきた割には、我ら夫婦がいざ相談事にゆくと「言」を左右に全く口先ばかりで私達を見下しはすれ支援らしい支援は何一つしてくれなかった。

 そして義兄が連れを失った現今、私の処に嫁に来た妹に「手伝ってくれ」と「夫の私に何の断り・義理立てもなく、「イケシャァシャァ」と俺の妹だ!助けてくれるのは当たり前だぐらいの感覚で安者使いを平気でしくる始末である。

 やれ下町だ・仁義だ・のれんだ!と人様の繋がり・秩序だと私に説法を重ねてきた義兄が「何てざまだ!」と呆れてものが言えないが、妻である義兄の妹は「実家(父母・姉)」への恩返しといった一点にしぼり、私達夫婦にとっては不遜なだけだった存在の義兄を「実家=写真館」と見なし、日々夫の私を差しおえて尽している。

 そうはいえ、愚痴を書き記す当の私がそんな義兄への支援を了承しているのだから妻へは何ら言う言葉は当然無い、むしろ妻の辛い思い・苦痛を詫びる立場だ。

      そんな次第で「私には日々の料理番がいない!」ってわけ!

 と題字しましたが、本論は「天皇の料理番」を宣伝題目に我が国の其処此処に腐るほどいる【他人に対しては】やれ「筋道だ・人の道だ・上司は・先輩は・後輩は・新入りは・・・果ては親は・女房は・子供はetc」と口先では偉そうに説法を繰り返す輩達だが、その実像はと言えばアメーバ―・ゾウリムシといった「主体性無し・無節操・股ぐら膏薬・男尊女卑・無知無能・・・」といったろくでなし達だ!

 「何かあったら相談相手になる・頼って来い!」といった手合いが、いざ相談に行く・頼りにゆくと何の事はない、「世の中は・世間はそんな甘いものではない、実力をつけろ・石の上にも3年だ・隠忍自重だ・我慢だetc」と助けてくれるどころではない、説教・説諭で所払いといったところが落ちだ!

 上司や同僚だと相手が悪い場合には最悪、左遷・離職なんて取り返しのつかない事態も有り得るほどだ!

             「私には料理番がいない!」

  この記事で読者の皆さんに伝えたかったことは「皆さん方の周囲にいる俺は偉い・頼りになる、貴方が大黒柱ですと日頃嘯く妻・親・兄弟を含めた輩達が、【イザ鎌倉】といった時には、決して頼りになる人間でもなければ、また更に読者の面倒をみる料理人にすらなり得ないといった事を「私」及び「妻・義兄」の係わりのなかでお知らせしたかっただけです。

       そして今日も「料理番はいなかった・・・!」       

開